南十字に戯れる

サザンオールスターズ&桑田佳祐ライブデータ・セットリストを収集・公開しています

セットリストのはぐれもの『恋はお熱く』伝説~その血の運命(さだめ)~

サザンオールスターズの1stアルバム『熱い胸さわぎ』収録の4曲目『恋はお熱く』。
デビュー直後は数少ない持ち歌の一つとしてライブで披露される機会も多く、デビューコンサートをはじめ、ワンマンライブやフェスなど多くの場でセットリスト入りを果たしてきました。その後、1980年のゆく年くる年コンサートを最後に演奏される機会が減少します。デビュー以来の活動の集大成のような性格を帯びるこのライブツアーでは、これを境に演奏機会が遠ざかる曲が多く存在しており、『恋はお熱く』もそのうちの一つでした。

次に披露されたのは4年後の1984年、当時桑田佳祐がパーソナリティを務めていたオールナイトニッポンの企画で行われたスタジオライブでのことでした。80年代にリリースされた曲が多くを占める中で『勝手にシンドバッド』と並び1stから選曲されるという栄誉に預かります。通常のライブにおいても70年代リリース曲に対する実質の封印状態が解かれ始めた時期でもありましたが、残念ながらこれ以外の場で演奏機会を得ることはありませんでした。

月日は流れ、サザンの活動休止期を挟んだ1990年。『稲村ジェーン』完成を記念した試写イベントにおいて、『いとしのエリー』そして『恋はお熱く』の2曲が桑田による弾き語りというかたちで日の目を見ることになります。会場となった藤沢の海辺が歌詞への連想を生んだのか、はたまた前年のベスト盤『すいか』入りが後押しとなったのか、意外な場所での意外な起用に想像が巡ります。この時期は『当って砕けろ』がテレビ番組で披露されたり、年越しライブで『女呼んでブギ』が久しぶりに披露されるなど、Back to 70’sとも言える動きが見られました。

更に同年、映画のプロモーションとしてテレビ朝日「ニュースステーション」に桑田が出演した際に、これまた弾き語りで披露される一幕が生まれます。ニュース番組のスタジオという、おおよそ歌唱に不釣り合いな場で歌われた唯一の曲が『恋はお熱く』。この曲の唯一無二性を知らしめるかのような出来事でした。

ここで弾みがついたのか、翌年のThe 音楽祭-1991-において、11年ぶりにサザンとしてのライブ披露が実現します。ただし演奏はツアーの序盤公演に限られたため、千秋楽の横浜公演がWOWOWで全曲放送されるという厚遇の中でただ1曲『恋はお熱く』だけがその恩恵を受けられない惜しい結果となりました。また関口和之がバンドを離脱していたため、サザンとしての演奏という点でも完全なものとは言えない状態でした。

4年後の1995年にTOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」がスタート。その3回目の放送で『エロティカ・セブン』『チャコの海岸物語』『涙のキッス』と並んで弾き語りでの披露が行われます。さらに半年後、サザンのメンバーも出演したTBSの特番「大パフォーマンス計画」においては『マンピーのG★SPOT』『チャコの海岸物語』『ニッポンのヒール』と並んでこれまた披露の機会を得ます。ライブ演奏の少なさとテレビ番組での披露の多さが対照的で、引き続き独自の存在感を放つに至りました。なお「夜遊び」では翌年にも歌われており、桑田本人からの寵愛はしっかり受けている様子が伺えます。

そんな機運の高い状況でありながらもやはりライブでは演奏機会を得ず、サザンとして披露されることのないまま時は流れ2002年。大友康平のライブに桑田がサプライズで参加し、『C調言葉にご用心』『また逢う日まで』と並んで『恋はお熱く』がまたまた日の目を見るのでした。大友氏からのリクエストなのか、盟友である大友氏を意識した自選なのか、選曲理由が気になるところです。

3年後の2005年6月25日、節目の「夜遊び」で弾き語る曲に抜擢される栄誉を得つつ、それでもやはりライブでは演奏機会が巡りません。その立ち位置の特異さに拍車がかかります。

さらに3年後の2008年。FM局によるライブ企画として桑田佳祐ソロによる石垣島ライブが開催され、サザンナンバーの一つとして『恋はお熱く』が久しぶりにファンの前で披露されたのでした。このときはゲストのBEGINとともに歌唱・演奏を行うという独自のアレンジが施され、ライブの大きな見どころとなりました。同じ座組とセットリストで行われたTBS「CDTV」のスタジオライブにおいても同様に披露されます。

その後サザンは30周年を迎え、35周年、40周年、45周年…月日は巡れども縁は巡りません。この間、『恋はお熱く』以上にご無沙汰だった『レゲエに首ったけ』が30周年記念ライブのセットリスト候補に浮上したり、「夜遊び」の有観客ライブで『瞳の中にレインボウ』が久しぶりに披露されたりと同期の活躍が目立ち始めます。2019年のツアーでは『当って砕けろ』が、2025年のツアーでは『別れ話は最後に』が披露され、特異な存在感を放っていた『恋はお熱く』は相対的に埋没してしまいました。2024年のロッキン直前の「夜遊び」でオンエアされ、満を持してのセットリスト入りを予感させるも実現することはありませんでした。

このまま日の目を見ることはもうないのか。制作時期を思えば誕生から早50年、早いものね、時の経つのだけは。届かない夢のよう。

そうして至った2026年2月21日、「夜遊び」生歌スペシャルのラスト10曲目、久しぶりのカムバックを果たした『恋はお熱く』。この回は桑田の60代最後の放送ということで自身の過去を振り返るトークが交えての進行でしたが、改めて歌詞を読むと単なる失恋の文脈を超えた意味の立ち上りがあるように思えてなりません。夢から覚めずにいたいだけ。優しさも憂いも孕んだ歌声で届けられるワード、フレーズ、その一つ一つが桑田佳祐自身に向かっていくような趣きが感じられ、強く胸に残りました。閑話休題。

サザンのライブでの披露は1981年以降の45年間で3公演のみ、にもかかわらず弾き語りの形式では自身のラジオ番組で、テレビ番組で、他アーティストとの共演の場で度々披露の機会に恵まれるという数奇な運命。サザン生まれ桑田育ち。そんな唯一無二の扱われ方で立ち位置を確立した特異存在が『恋はお熱く』なのでした。