南十字に戯れる

サザンオールスターズ&桑田佳祐ライブデータ・セットリストを収集・公開しています

桑田佳祐と日本武道館の46年史

 

九段下フォーク・フェスティバル'25で10年ぶりに日本武道館のステージに立つ桑田佳祐。彼と日本武道館の接点を振り返ります。

初の武道館は1979年2月20日FM東京のラジオ番組「小室等の音楽夜話」の放送1000回を記念したイベントにて実現しました。リリース前の『いとしのエリー』が初めて人前で披露された場であり、客席の反応が芳しくなかったために自信をなくしたというエピソードは折に触れてメンバーが述懐するところとなります。共演というかたちで井上陽水との接点が生まれていることはその後の長い歴史を見ても貴重なポイントです。

翌年12月にはゆく年くる年を冠したツアーの一環としてサザン初の武道館ワンマン公演が実現。2年半の活動の総決算のような長尺のライブとなり、カバーや未発表曲を交えた全30曲が披露されました。直前のジョン・レノンの逝去を受けて『LOVE』を全員で歌う一幕もあり、今日の武道館聖地化の端緒を開いたバンドメンバーの訃報がもたらした奇縁でした。

81年9月に行われたアミューズの後輩・スペクトラムの解散コンサートにサザンのメンバーもゲストで登場。演奏には参加していないものの、スペクトラムのメンバーを呼び込むなど盛り上げ役を全うしました。

その4ヶ月後、1982年1月に行われた愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ PaaPooツアー'82では武道館が千秋楽公演の場となりました。この公演は「サザンオールスターズ 武道館コンサート」としてVHS化され、初の映像ソフトとしてリリースされることになります。ライブの途中で桑田・原による結婚宣言が行われたこともあり、サザンの武道館公演の中でも特に印象深いものになりました。かようにドラマを生みがちな日本武道館です。

その後の全国ツアー SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー '83  や 大衆音楽取締法違反“やっぱりアイツはクロだった!”実刑判決2月まで でも千秋楽に武道館公演が行われ、ツアーの終着点=武道館という図式が定着します。後者ではシングル『Bye Bye My Love (U are the one)』に『Dear John』の音源が、シングル『メロディ(Melody)』に『ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)』の音源がそれぞれ収録されました。80年が1公演、82年が2公演ときていたところで83年は3公演、85年は4公演が行われており、サザンがその存在を大きくしていく様子をこんなところにも見ることができます。サザン休止中の87年のKUWATA BANDのツアーでも千秋楽を含む3公演が武道館で行われ、解散ライブの場にもなりました。

90年代前半も引き続き機会に恵まれます。活動休止を挟んだ90年のツアー 夢で逢いまSHOWでこれまた千秋楽を含む4日連続の公演が行われたほか、歌う日本シリーズ1992〜1993ではアリーナなど全国の大規模会場を中心に周るツアーでありながらも、規模の劣る武道館がやはり千秋楽に選ばれました。80年代~90年代前半においてサザンのライブ会場といえば武道館という印象がファンの間で強かったのかもしれません。

90年代以降のライブはアリーナ・ドーム・スタジアムが中心となり、収容数が5桁に満たない武道館は相対的に求心力を失っていくことになります。こののちサザンがライブを行うまでに22年もの月日を数えることになりますが、桑田佳祐個人としては引き続きその機会に恵まれます。91年に原由子の武道館公演に駆けつける一幕もありましたが、桑田ソロとしても桑田佳祐 LIVE TOUR'94 “さのさのさ”において公演が行われました。サザンと比べると小規模なホールが中心のツアーであり、武道館は日程の中盤に2公演が配置されます。千秋楽には平成生まれの横浜アリーナが選ばれており、これは年越しライブの文脈に乗るため別軸で整理する必要はありつつ、世代交代を象徴しているようにも映ります。

桑田が中心となり立ち上げたAct Against AIDSのライブでは武道館がメイン会場となります。93年のイベントは多数のアーティストとの交流の場として機能し、これ以降も接点を持つことになる面々との共演が繰り広げられました。翌年のイベントではかつての『いとしのエリー』と同様に『奇跡の地球』が初めて披露され、これまたヒット曲となります。8年後の2002年にも出演し、初ワンマン以来久しぶりにビートルズナンバーを聖地に響かせるのでした。

00年代に入ってからは会場の巨大化に加えライブ自体もかつてほどの頻度ではなくなり、2010年の音楽寅さんDVD発売記念イベントで武道館に立つまでさらに8年の月日を要しました。このイベントのライブ音源はシングル『本当は怖い愛とロマンス』初回限定版に収録されており、数少ないライブ音源のリリースがサザンでもソロでも武道館公演においては実現を果たしています。

翌年のイベント Dream Power ジョン・レノン スーパーライヴ2011にもソロで参加。オノ・ヨーコ主催のイベントでビートルズナンバーをカバーするという、『LOVE』を歌っていた頃には考えられなかったであろう未来です。

2014年には加山雄三の武道館公演にサプライズゲストとして登場、茅ヶ崎生まれの大先輩との共演を果たすのでした。このとき披露された『君といつまでも』『夜空の星』の音源もまたCD化されており、ライブ盤に消極的な桑田佳祐の首を縦に振らせる魔力が武道館にはあるのかもしれません、とかなんとか。

翌年にはLIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」で実に22年ぶりとなるサザンの武道館公演が実現。アルバムタイトルに引っ掛けたイレギュラーな会場選定であることは明白ですが、かつてと同じくツアーの終着点に据えられたところに胸を熱くする往年のファンがいたかもしれません。中盤では『HELP!』が披露され、武道館の背後にいる月光の聖者達(つきあかりのおとこたち)の歌がドラマを盛り上げました。

桑田佳祐日本武道館の接点を辿ると、かつては高い頻度でライブを行っていたこと、その後のバンドの肥大化によりスポット的な機会に収斂していったこと、背後にいるThe Beatlesの存在の大きさ、なんか妙に音源化と相性が良い、などが分かります。

九段下フォーク・フェスティバル'25はその名の通りフォークソングに焦点を当てるライブとなりますが、46年前の初武道館がフォークシンガーによるイベントだったことを踏まえると、歴史の巡りのようなものを強く感じてしまうのでした。

 

桑田佳祐×日本武道館の足跡

1979年2月20日
1981年9月22日 ※登壇のみ
1980年12月10日
1982年1月25日
1982年1月26日
1984年1月30日
1984年1月31日
1984年2月1日
1985年2月4日
1985年2月5日
1985年2月6日
1987年2月7日
1987年2月8日
1987年2月9日
1990年4月25日
1990年4月26日
1990年4月27日
1990年4月28日
1991年6月7日 ※登壇のみ
1993年2月3日
1993年2月4日
1993年2月5日
1993年12月1日
1994年10月31日
1994年11月1日
1994年12月1日
2002年12月1日
2010年5月3日
2011年12月8日
2014年8月23日
2015年8月17日
2015年8月18日
2025年10月12日